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ひとりでも3人でもない暮らし

築50年の中古マンションの1室を購入したカップルから、空間づくりを任された。ふたりのこれまでの暮らしぶりを聞いていると、「ふたり暮らし」における独自の境界のあり方に気づく。たとえば、ふたりは各自の寝室をもっていたが、声は掛け合えるよう扉を開けたまま眠っていたり、荷物はそれぞれの寝室にしまうことを基本としつつ、共有部の一角に置かれた小さなテーブルは、一方の専用スペースとして使われ、黙認されていたりと。ひとつひとつはとても些細だが、境界のルールは日々の生活によって書き換えられ、ふたりにとってちょうどよいかたちに整えられていた。
境界のルールを書き換えようとする時、ひとり暮らしではルール自体をつくる必要がなく、3人以上では合意を得る客観的な理由が必要となり、壁や扉などの仕切りが上位概念となりやすい。対してふたり暮らしにおける境界は、言葉になっていないものすらもとっかかりに、あらゆる場所に発生し得るものととらえた。
「広い共有部」と「別々の寝室」が欲しいとの要望を受け、ふたつの寝室は共有部内と個室群にそれぞれ配置した。間口が狭く奥に長い1室のため、廊下の他に裏道を設けることで、光と風が躯体壁を舐めるように玄関側にも届く構成とした。距離を確保したそれぞれの寝室から、裏道を介して声を掛け合える関係としている。
寝ながらテレビを見たいという要望から共有部内に設けた寝室Aは、寝室にいながら仕切り棚を介してLDKの活動や環境と関係をもつことができる。一方、個室群に設けた寝室Bは、カーテンを閉じればほぼ正方形の部屋となるが、普段は裏道に開け放たれており、広がりをもった個室とした。
また広い共有部は、天井をせいの大きな既存の梁によって、床は仕切り棚によって大まかに区切られている。さらに、2倍の長さでつくったレースカーテンや、もともともっていたいくつかのスタンドライトなども加わり、マンション全体の構造体から家具までが一体になって空間の質をつくり出している。この場所を構成するすべてが境界のとっかかりとなって、今後の暮らしがふたりなりに整えられていくことを想像しながら設計した。


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/Data

Location : Hyogo
Client : 個人
Construction : 阪急阪神不動産株式会社
 Yuki Tsutsumi(カーテン)
Area : 69㎡
Completion date : 2023.03
Photo: Yosuke Ohtake


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新建築住宅特集2023 7月号